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シンガポールでのインターンシップ②

インターンシップ経験はイギリスでもありますが、そこでは、お茶くみ、ランチを買いに走らされたり、荷物運び、在庫の整理だったり、服の壁紙をトレーシングペーパーを使ってなぞったりと簡単作業ばかりでした。私の男の子のお友達なんて、ファッションデザインで入ったのに、初日にペンキ塗りを任せられたり!そんな感じだったので、てっきり雑用が多いのかと思いました。
私は、英語はたまに理解できない単語もありますし、本当に完璧とは言えませんが、一応9年海外に居るので英語には不自由していませんし、いざ仕事を任されてもそれなりにこなせました。ですが日系企業に連絡を取るにあたり、大丈夫だと思ってた母国語を使い働くと言う事は、特に日本語環境の中での社会経験が全く無い自分には、改めて難しい、奥が深いと思いました。日系企業に送るメールなんて、テンプレートなど全く頭に入ってなかったので、2時間かけて作成したくらいです・・・。本当、帰国子女で今現在日本で働いている皆さん、尊敬です。
現地のネイルサロンとエステでの交渉は、どちらとも経営者と私1対1で、にこやかな雰囲気で割とスムーズに進み、交渉成立。ですがいざ日系企業の方とミーティングをさせて頂くと、私はこういう経験が全く無いので、相手3対1のプロフェッショナルな雰囲気に圧倒されてしまいました。 とても緊張してしまい、スムーズに説明がうまくいきませんでした。ですがこちら側の突然で強引な条件を最終的には受け入れてくださり、本当に申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいの、忘れられない経験となりました。
インターンシップでは他にも、P.Rアシスタントとしポスターを作成したり、新しいデザイナーを探すスカウティング、クーポン券作成などのちょっとしたグラフィック系のお仕事、社長のアシスタントも任されたりと色々なお仕事を与えて頂きました。
日本とは違い自由な環境でのインターンシップでしたが、毎日毎日が新しい発見で、そして何より学生の自分にも入ってすぐに仕事をこんなに任せて頂いた事が嬉しいし、自信になりました。わずか一ヶ月のインターンシップでしたが、社会に出て働くというのは、こういう事なのかと実感しました。そして日本ではきっとそれ以上にタフだと思います。実際社会人になれば、より誠実でプロフェッショナルな対応が求められるのでしょうね。今は私自身まだ大学生、インターンシップという肩書きで、至らないところがあっても少しは大目にみて貰えた事が沢山ありましたが、社会に出たらそんな事で通用するわけ無いですし。ですが多民族国家で国際的のシンガポールで、わずか一ヶ月のインターンシップでこれだけやらせて頂いた事は、後にとても良い経験になると信じています。これを機に自分に少し自信が持てたので、就職先も頑張ってシンガポールで探そうと思います。

シンガポールでのインターンシップ①

私のシンガポールで通っている、芸術大学、Lasalle College of the Arts。ここで選考しているファッションマネージメントという学部は、二年生になると、冬休み中一ヶ月のインターンシップをする事が規定されています。色々な企業に履歴書を送ったのですが、なかなか返事が来ないと心配していた矢先、規定の開始日ギリギリに決まりました。
インターン先は、元モデルの美人社長が経営する、シンガポールベースのファッションE-コマスサイト。レディース、メンズウェアやアクセサリー、そしてバッグなどを取り扱っているオンラインショップです。シンガポールに限らず、世界のあちこちのヤングデザイナー物を扱ってるところなんですが、シンガポールではそこそこ名の通ったサイトでした。
きっかけは、シンガポールではAudi主催のファッションショーが毎年開催された時に、外に居た3人組の美しいモデルさん達を見て、私の友人が一緒に写真を撮りたいと行って、声をかけた事がきっかけでした。その3人組全員が元モデルで、そのうちの一人がこのオンラインストアの経営者だったのです。写真を見て思い出しさっそく連絡し、メールを送った三時間後に返信が。トントン拍子で話が進み、即採用が決まりました。
当時社員わずか10名程のアットホームな会社でしたが、現地人の他、外国人数名も在籍していました。勤務時間は朝10時から夜7時まで。残業はイベント前日をのぞき、全く無し。しかも出勤時間は表向き朝10時ですが、なんと一番朝早い人でもオフィスに来るのは10時15分以降!大体11時までに皆出勤するといった感じで本当に自由な雰囲気の会社で、とても働きやすかったです。日本、または日系企業でこの緩さはありえないと思います。笑 
肝心の仕事内容なのですが、 正直インターン前は、どうせ雑用ばかりになるのかなぁと思っていました。ですがいざインターンが始まってみると、社会経験ゼロの私でも色々と仕事をまかせてくれました。一応私はマーケティングアシスタントの位置づけでしたが、小さな会社なので、もちろんちょっとしたリサーチなど任されますが、最終的に私のやっているのは何故かほぼ営業になっていました。初日こそはリサーチ、企業にメール作成、送信など、アポ取りなど事務的作業をまかされていたのですが、なんと働き始めて3日目、 突然社長に「アポ取れた所に一人でミーティング行って、交渉して来て」と言われたのです。入ったばかりで経験不足なのに、こんな事を任されるのかと驚きました・・・。

シンガポールに来て2年目のHさん(28歳)。

欧米かぶれだったはずが今ではすっかりアジア独特の文化に虜
シンガポールに来て2年目のHさん(28歳)。有名私立美大出身の彼女はシンガポール来る前に、美術館の学芸員をしていた。学芸員として働く傍ら、プライベートタイムでは油絵など作品を創っていたという。美術系ではとても人気のある職業の学芸員を辞めてまでシンガポールに来た彼女。それはどうしてなのか?
元々Hさんは芸術の国、パリへワーキングホリデーに行きたかった。ただワーキングビザは、抽選なので、人気のパリは落選してしまった。とにかくフランスに憧れていて、パリしか考えていなかったそうなので、落ち込んでしまっていた時に、数々の国にワーキングホリデーに行っていて、ちょうどシンガポールから帰って来た友人に勧められて、初めアジア圏を意識したそうだ。自身でも行った事が無いのに欧米かぶれという彼女。「アジア圏には全く興味を持っておらず、国際的で今や人気の旅行先のシンガポールもあまり眼中に入ってなかった。」と笑いながら話す。
シンガポールでのアートシーンや、ワーキングホリデーも全く聞いた事が無かったので、初めはいまいち乗り気では無かったという。だが友人の言葉で「シンガポールは日本にもヨーロッパにも無い非日常的な感覚が良い。」という言葉が印象的だったので、とりあえず応募してみると、当選してしまったそう。 いざシンガポールに来てみると、まず建物がとてもカラフルでビックリしたそうだ。確かに中華、マレーにインドにオリエンタル感がいっぱいのアジアなのに、それでいて欧米人も多く、だいぶ欧米化もされている。その独特な雰囲気がすっかり気に入ってしまったと話す。
ある日系旅行会社でツアーガイドとして雇ってくれる所が見つかり、最初はツアーガイドとして働いた。職場は8割が日本人、2割は現地の人で、そこまで日本の会社と変わらない様だったが、日本よりもピリピリした感じが無く、暖かい雰囲気の職場だったという。結局はアルバイトという形で雇われたので時給は決して高く無かったらしいが、経験として割り切った。休みの日は、現地で出来た日本人のアーティスト達と出かけたり、バーで知り合って意気投合した欧米人と飲み仲間になったりと非常に充実していたという彼女。
ガイドとして色々な名所を廻るうちにインスピレーションも次第に沸いてきて、作品にもすごく良い影響を齎す事が出来たそう。日本の友人達は皆口を揃え、シンガポールに行ってから作品に力が出たと言ってくれたそうだ。ワーホリ終了後、一旦日本に帰るとまたシンガポールに就職する為戻って来たと言う欧米かぶれだったはずの彼女は今、日系企業の事務員として働きながら、プライベートでは自由に作品造りに励む。目標は、シンガポールで自身の作品展示会を開く事。その日が来るのは、おそらく近いのではないだろうか。

エステティシャンとしてシンガポールで働くMさん(30歳) 

シンガポールに来て一番変わった事は「価値観が広がり、どんな人と接するのも恐れなくなった事。」
エステティシャンとしてシンガポールで働くMさん(30歳) は小柄で華奢な身体からは想像出来ない程、パワフルで太陽の様な明るい笑顔が印象的。しかし日本に居た頃はあまり活発な方では無かったという。2年前に日本の会社がシンガポール進出するのをきっかけに、派遣されたそう。
Mさんが働く会社は日本にもいくつか展開していて、海外進出はシンガポールが初めてだそう。サロンには日本人4人と現地人3人で、客層も日本人と現地人の割合は半々。英語を話す機会も多く、程よくバランスの取れた環境だと話す。来る前は全く英語が出来なかったという彼女だが働いているうちに英語を話せるようになり、今ではすっかり周りに、「Mの話す英語は日本人なまりじゃなくて、シンガポールなまりだ」と言われる様になった程だ。
最初の数ヶ月は客はパラパラとしか来なかったが最近はブロガーによる口コミのおかげで、知名度が上がり忙しくなった。シンガポール人は皆おしゃべり好きなので「仕事中は皆楽しく話しながら、リラックスして働いている。」と笑顔で話す。そんな和やかな雰囲気の職場だが、さすがに一番驚いた事がある。
『受付のシンガポール人が、勤務時間中に普通にランチを食べだしてしまったこと。』
その時はさすがに日本人のスタッフ達は驚いて激怒しながら注意してしまったと苦笑するMさんだが、最近は現地人のスタッフ達は皆、清潔感と確かな技術を売りにする日系サロンで働いている事を自覚して、おとなしくしているという。
住む所はどうしているかというと、社長以外の日本人のスタッフ3人でフラットシェアをしている。そこまで大きくは無いが、ちゃんとしたコンドミニアムで、プールも付いているの。「夜はプールサイドで皆でゆっくり寝そべりながら話をしたり、本を読んだりするのが一日の楽しみだ。」という。プールサイドに一人で居ると、自然と他の住民と仲良くなるので「近所付き合いも楽しんでいる。」という。
そのコンドミニアムには中華系や欧米人も沢山居るが、割合で言うとインド系の家族が多いそう。以前は勝手なイメージから、インド人や中国人は自己中心的な人が多そう、煩そうなど思い込んでしまっていたのだが、シンガポールで色々な人種の人と接する楽しさに気づき、積極的になり、今ではすっかりフレンドリーな彼らに好印象を抱いていて、人と接するのが大好きになったそうだ。
以前はシャイでどちらかというと接客をあまり楽しんで無かったというMさん。「シンガポールに来て一番変わった事は、価値観が広がり、どんな人と接するのも恐れなくなった事。そしてこの国は日本に近いし、色々な事をするのに便利。その中に沢山の人種が居て、一度に違う文化を沢山体験できる国。沢山の働く女性が活躍しているシンガポールから毎日パワーを貰っている。」シャイだった事が信じられないくらい、今ではすっかり明るくパワフルな女性へと進化した彼女。ゆったりしていて、活気づいているシンガポールの環境は自然と私たちをハッピーにしてくれるのかもしれない。

小柄だが明るい笑顔で印象的な京都府出身のKさん。(28歳)

「毎日充実。ずっとシンガポールに居たい。」某有名ヘアサロンを退職し、シンガポールの日系美容室へ転職。
小柄だが明るい笑顔で印象的な京都府出身のKさん。(28歳)彼女は地元の専門学校卒業後、憧れだった第一志望の某有名ヘアサロンに見事採用され、4年程勤務していた。美容師という仕事が大好きだったらしいが、ハードすぎる環境で体調を崩してしまったのがきっかけで、退職してしまったそうだ。そんなKさんがシンガポールに来るきっかけとなったのは、彼女の高校の時の部活動の先輩に、街でばったり会って話し込んだ時だそう。
その先輩は元々日本で飲食店の店長していた。企業がシンガポール進出する事になり、派遣されたそうだ。先輩の話によると、元々彼は海外に全く興味が無く、ましてや東南アジアに対してはまったく良いイメージを持っていなかったそうだ。最初この話を持ちかけられた時は、内心断りたかったらしい。だがいざシンガポールに派遣され、働き始めると、街も奇麗で物価も当時は安く、治安も良 いので、シンガポールでの生活にすっかり慣れ、現在シンガポールでの生活を満喫しているそうだ。
その先輩の話を聞いた直後はKさんも、ただの他人事だと思っていたらしいが、やたらテレビでも耳にする、“シンガポール”の単語が頭から離れなくなり、インターネットでシンガポールの事を調べる様になった。すると、意外にいくつかの日系美容室の求人が出ていた。チェックしてみると、現地採用ではあるが、どこも日本で働くよりも給与が高く、しっかりビザのサポートもある。更にシンガポールの事を調べれば調べる程気になっていった。日系美容室の面接は日本で出来ると知り早速連絡を取り、採用が決まった。どちらかというとヨーロッパに興味があったと話す彼女。(もし海外に行ったら、私の人生変わるのかな・・・)当時は英語も全く話せなく、不安だったそうだが希望を胸に、シンガポールに渡る事を決意した。
Kさんがシンガポールで働きだしてまずビックリしたと言うのが、社内の雰囲気が非常に親しみやすいというところ 。社員はほぼ全員日本人で皆個性的らしいが、とても仲が良く働きやすい環境だそう。客層は6対4で日本人が多いらしいが、外国人も毎日接客するので英語も少しずつ上達しているそうだ。そして南国シンガポールの気候のせいなのか、現地の客は少しルーズだったり、友達を何人も引き連れて自分だけカットに来る客など、日本ではあまり見ない光景も目にする。そんなカルチャーショックもKさんは楽しんでいるよう。
シンガポールに来る前は毎日帰宅後疲れてすぐ寝てしまい、休日もあまり出歩かなかったというKさん。
「シンガポールに来てから異文化に触れ合うのが楽しく、よく出かけるようになって、以前よりも健康的になった。毎日が本当に充実している。ずっとこのままシンガポールに住みたいな。」笑顔で話すKさん。彼女の決断は、やはり正しかったようだ。

華やかな容姿を持つ彼女だが、もともと真面目な性格

キャバ嬢から外資系秘書に転身!後編
シンガポールに来て半年近くが経過し、 英会話も日常会話に困らない程度にまで上達した。週末はゴルフやシンガポール周辺の国へ旅行など新しい趣味もでき、すっかり南国ライフを満喫していたAさん。 華やかな容姿を持つ彼女だが、もともと真面目な性格で、あまり積極的な性格では無く、深い友達もあまり居なかったと話すAさん。以前日本に住んでいた時は、何の為に仕事を続けているのかさえもよく解らなかったそうだ。シンガポールに来て、異文化に触れ合い、日本人だけでなく、現地の友達も出来た。初めてなんでも話せて、時間を共有できる友達が出来たという彼女。帰国が迫る程、日本に帰りたくない、シンガポールにこのまま暮らしていたい、という思いが日に日に強くなった。
とにかくビザが切れてしまうので一度実家に帰り、家族にも話をつけなくてはいけない。(またシンガポールに絶対戻ってくる。)強い思いを胸に、日本へ帰国。4年ぶりに九州の実家へ帰り、家族と再会した彼女はまず、シンガポールへの移住計画を家族に打ち明けた。隠していた水商売の事や、シンガポールで語学学校に通いながら、初めて触れ合った多種多様の異文化。すっかりシンガポールに魅せられ、またシンガポールに戻りたいという希望を打ち明けた。最初は突然のAさんの告白に戸惑った両親だったが、次第に彼女の強い意志を尊重し、笑顔で送り出してくれた。
数年間コツコツ貯めてきた貯金を切り崩し、今度はシンガポールで就職活動をするべく渡航。友達の家に居候させてもらいながら、毎日日系企業を中心に面接をこなした。大手保険会社とはいえ、二年で退職したせいもあり、幾つか取れたオファーは有名企業だが全て事務職。ビザサポートもあるし、お給料もそれなりに悪くないので良い条件とも言えるが、正直どこに勤めても一緒だ。就職活動を始め、2週間目。そう思っていた時に、友人のつてで、日本の企業相手にビジネスをしている、外資系企業の面接を受けれる事になった。秘書募集という事で、ビジネス英語が弱い彼女は面接でさえ受ける自信が無かったが、とりあえず受けるだけ受けてみようという事になり、面接へ。そして見事採用!シンガポールで就職出来る事に。
4年ぶりの昼職はシンガポールで、思いがけず外資系の秘書に。まさか自分が毎日英語を使って仕事をする様になるとは思わなかったと話すAさん。2年目の現在は仕事に慣れたのはもちろん、英語もだいぶ上達した。仕事量が多く、相変わらず英語での仕事は大変だという。だがしっかり週末はゴルフやパーティーでストレス発散する。日本への出張同行もあるので日本はあまり恋しくならないらしい。シンガポールでの生活は楽しくてしょうがないと話す彼女は、日本でキャバクラ嬢をしていた時よりもずっと輝いているのではないか。

筆者の友人Aさんは、目鼻立ちのしっかりして、長身スリム。

キャバ嬢から外資系秘書に転身!前編
筆者の友人Aさんは、目鼻立ちのしっかりして、長身スリム。華やかな容姿をもつ美女だ。彼女は高校卒業後、某有名大学入学を機に上京。実家はあまり裕福では無かったので仕送りは家賃のみ。生活費は夜の仕事をして稼いだ。大学卒業後は外資系保険会社に就職。2年間勤めたがノルマや人間関係に疲れ、退職してしまった。元々接客業は嫌いでは無かったので、夜の仕事を再開し、本業はキャバクラ嬢として生活を送っていた。
本人曰く、「毎日着飾っても、お客さんの機嫌を取り、お酒を飲まされ、酔っぱらって明け方帰宅。そんな先が見えない毎日の繰り返しに嫌気が指した。」元々勉強が出来る方で英語好き、海外に行きたいという思いがあった彼女。27歳になり、このまま水商売だけして歳を取って行くのだろうかと不安にかられていた時、シンガポールで働いていたというお客さんに出会った。彼は後に常連になり、毎回彼女を指名して来てくれた。仲良くなるにつれ、将来の不安や、海外に出たいと思っている事など、Aさんの悩みを彼に打ち明けた。すると男性は言った。
「シンガポールでは日系企業が山ほどあるので、求人も沢山ある。まずはワーホリで行って、語学学校などに通いながら職探しするのも良し、とにかくゆっくり自分のやりたい事を探すのもありだよ。シンガポールは今勢いがある国だ。アジア圏だし住みやすい。とりあえず観光で一度行ってみれば?」
当時Aさんはシンガポールといえば、マーライオンくらいしかイメージに無かった。シンガポールは英語が公用語だと言うのも初めて知り、シンガポールにワーホリ制度や語学学校があるのも知らなかったと言う。だがその男性からシンガポールでの生活の話を聞いたり、写真を見せてもらううちに、とにかくまず行ってみよう、と渡航を決意した。
貯金はそれなりにあったが、海外に行った事がまずなかった彼女。ワーホリ制度について調べてみるうちに、シンガポールの日系キャバクラでのキャバ嬢募集を見つけた。6ヶ月間の滞在において、ビザのサポートも住む所も全て手配してくれるという。水商売から脱出したかったが、海外に行ってみたいという好奇心から、とりあえず日本での面接を受け、採用されシンガポールへ。日中は語学学校に通い英語を学び、夜はホステスに。日本よりお給料は少し下がるが、仕事もきつくなく人間関係も穏やかで本当に充実していたそうだ。そしてすっかり南国シンガポールの虜になっていた。

筆者の日本人の友人Sさん(31歳)

外資と日系企業を経て現地高級ホテルの通訳に。毎日が充実しているシンガポール生活。
筆者の日本人の友人Sさん(31歳)は、両親が駐在員だったので香港で生まれ、6歳まで過ごした。その後10歳まで日本に住み、高校卒業時までの8年間はシンガポールで過ごした。大学は悩んだ末に日本へ帰国。某有名私立大学に入学、政治経済を選考し、日本での大学生活も悪くはなかった。だが海外生活が長かったせいか、いまいち楽しむ事が出来ず、退学を決意。そしてイギリスへ渡り、名門ロンドン大学、University College of Londonに入り直した。
潰しが効く様にと、建築を選んだ。とてもハードな学部だったが無事三年で卒業。(卒業したのは良いけれど、イギリスは寒いから暖かい所に行きたいなぁ。)ふと思いついたのがシンガポールだった。割と軽い気持ちで思いついた彼女は、職探しの為シンガポールへ渡った。
漠然と、シンガポールで就職したいという思いを胸に、最初は観光ビザで来星した。建築家になりたいとは考えていなくて、どうしてか無性に、またシンガポールに住んでみたかったと話すSさん。日本語はもちろん、中国語に英語、加えて広東語も出来る彼女は職探しにはあまり困らなかった。外資系コンサルタントに入社が決まった。シンガポールでは公用語は英語だが、中国からの富裕層の移民や起業家も多いため、母国語と英語の他に中国語が話す事が出来れば、どこの企業からも引く手あまただ。外資系コンサルタントで働いた後、日系商社に転職。現在は現地高級ホテルで通訳をしている。外資と日系、そしてローカルの企業全てに就業経験のあるSさんはシンガポールで働く事についてこう語る。
「外資系は自分のはっきり物を言う性格に合っていたと思う。ただ、即戦力が求められるから、いくら3カ国語できても新卒で右も左も解らないけれど最初からほとんど全て自分で考えて行動しなくてはならないので大変だった。でもそのぶんお給料はとても良かった。日系企業は同じ現地採用でも若干お給料が低くなったけれど、仕事にはやりがいを感じていたので良かった。ただやはり日系企業なので、今まで海外の自由な環境で育って来た自分には周りと合わせるのが結構難しかった。束縛を嫌う自分が、自身の良さを生かせるには何だと悩んだ末、現地の有名ホテルで通訳の募集があったので応募したら採用された。人と触れ合う事が好きで、自分の語学を精一杯活かせるのはなんだかんだで通訳だと気づいた。シンガポールに限らず、通訳の仕事は沢山あるかもしれない。でもやっぱりシンガポールは気温も暖かいし、過ごしやすいから気持ちも穏やかで居られ、何より日本ではなかなか出会えない様な人達と出会う。そんな彼らからエネルギーを貰い、前向きになれる。」
現在来星7年目。まだあと数年は、この国で働く予定だそうだ。眩しい笑顔で語ってくれたSさんは、ここシンガポールで更に活躍していくのだろう。

イギリスからシンガポールへ

2012年に、7年間のイギリス留学を経てシンガポールへ渡り二年半。この9年半の留学生活もあと半年で卒業です。中学3年生の時に渡ったイギリスではずっとアートとファッションを選考をしていて、大学でもファッションデザインを選考していましたが、大反対の親に頭を下げ説得し、なんとか許しを貰い、シンガポールに来ました。
イギリスに居たのに何故シンガポール?と思われるでしょうが、元々ヨーロッパよりもアジアに興味があったのも大きな理由です。公用語は英語と中国語なのですが、授業は英語で行われます。加えてイギリスの植民地だったと言う事もあり大学も三年制度。中国語は以前二年間勉強していたので、中国語も向上出来るかもしれないと思ったのです。行った事が無かったのですが、シンガポールは奇麗だと聞くし、外国人が多く、国際的。今アジアで一番勢いのある国なので、ここしかないと思い、決めました。
ロンドンにあるファッションの名門と言われる大学でしたが在学中は色々悩み、苦しく、 もう限界だと思っていた時、インターネットで見つけたこのLasalle College of the Artsの学部。ファッションにおいのメディア、マネージメントを勉強する学部です。
“私の人生、シンガポールで変えたい。無理矢理一つの分野に絞り込まずに、自分に何が本当に向いてるのか向いてないのか、しっかり勉強して見つけたい!“と本気で思いました。ウェブサイトでこのこの学部を見つけ、現代的で美しい美術館みたいな校舎をみた瞬間、“もうここしかない!”と思い、衝動的に、即自分のポートフォリオと共に入学を申し込み、さらには学校見学の為のチケットを購入、 シンガポールへ。
どうしようもない私の突然のわがままと決断で、周囲の反対は沢山ありましたが、家族と話合いを何回も重ね説得。また大学生活を一からやり直す事になるのに、最終的には家族は受け入れてくれました。本当に感謝してもしきれませんね。
現在3年目。ただのアート系の大学と思いきや、毎日授業と宿題の量は大量で半端ありません。何より学校、生徒のレベルが本当に高い!先生方と生徒の距離が近く、すごく親身になってくれています。イギリスの大学では、ただ毎日ひたすら先生が好むデザインを考えるのに頭を悩ませていましたが、ここでは本当に色々な事を学べて嬉しいし、とても楽しいです。
卒業まで残す所半年。そろそろ就職先を探し始める時期です。日本に帰って就職する事を考えていましたが、やはり今とても勢いのある、この国際的な環境のシンガポールで就職できればなと思っています。